統一協会から救われて 5

 ⑤和歌山へ   

 

一般の病院で働いていましたが、頂いたお給料や給料明細書は一旦全部幹部の方に渡さなければならないことになっていました。そこからお小遣いなどのためにわ ずかだけ頂けました。しかし、そのお金だけでは実家に帰ることも出来ませんし、洋服の一枚も買うことが出来ませんでした。

 

和歌山に行った時は着の身着のままでしたから、お金も洋服も靴も全く自分のものはありませんでした。ですから和歌山の統一協会でわけて頂いた数枚の服を着、 サイズの合わない靴をはいて過ごしていました。幹部の方から自分が和歌山にいることを絶対に親に知らせてはいけないと言われ、万が一のために偽名を使って 過ごしなさいと言われました。

 

ただ両親に居所はいわなくても自分が元気で楽しく過ごしていることを電話しました。逆探知で 調べられたら困るので、電話する時間も3分以内でした。ある時、両親との電話での会話で家の冷蔵庫と洗濯機が壊れている、という話を聞き、私は自分がしっ かり働いていることを証明するために家に冷蔵庫と洗濯機を買って送ることにしました。

 

幹部の方も両親が安心するかも知れないといって、買って送るように言われました。そして適当なものを買って送りましたが、冷蔵庫は少し高かったので、数回のローンを組みました。ローンを組ん だ時に実名を書かないといけなかったので、両親は私が購入した電気店を調べ、そこに電話し、ローンを組んだことを聞いてどこにいるのか調べました。

 

統一協会にのめり込んで約2年が経とうとしていた頃、両親に電話をかけた折に両親が私の居所を知っていると話しました。それで私はまたどこかに連れて行かれてしまうのではないかと恐れ、幹部の人も兵庫県に行くようにと3日ほど逃げていました。

 

私は何とか両親が信仰を認め、そして統一協会に献身出来るように説得したいと幹部の人に話しました。献身しなければ統一協会の救いの完成である合同結婚式に 参加出来ないわけです。そこで幹部の方も色々と手配し、私一人では説得できないと思って、他の幹部の方と一緒に自宅に帰ることになりました。

 

1年近く帰っていなかった家、そして久しぶりに見る両親の顔、それはいつのまにか白髪で真っ白に変わっていました。その時自分が白髪にさせたと感じ、そのまま統一協会の信仰を捨てて家で平安に過ごしたいという気持ちが湧いてきました。

 

しかし、そんなことは悪魔の誘惑だと思い、その人間的な気持ちを抑えて両親を説得することに専念しました。自分の信仰は両親やひいては家族全体の救いに繋が るのだから、今自分が信仰を捨てたら家族がダメになる。信仰を反対するのは統一協会のことを誤解しているからで、その誤解を解けば必ず認めてくれるに違い ないと信じていました。

 

家に一緒に行った幹部の方は、統一協会の中でも有力な幹部で様々な肩書きを持っていました。ですか ら私は何も言わずにその方に説得をお任せしていました。両親はその幹部の方の話を理解はしましたが、信仰を認めることは出来ないと言いました。結局、両親 を納得させるために月に1度は自宅に帰り、顔を見せて親孝行するようにという条件で和歌山に帰ることになりました。そして月1度は自宅に帰り、出来るだけ の親孝行はしました。

 

3回目に帰宅した時、両親から「最後のお願いがある、もう一度だけ牧師に会って欲しい、そこで一生懸 命聖書を学んでどうしても統一協会が正しいと思ったら、もう自分の好きなように信仰すればいい」と言いました。私は内心「やった」と思って喜びました。牧 師と2週間くらい適当に聖書を学んで、統一協会が正しかったと言えばそれで晴れて統一協会の信仰を認められ、献身できるのではと単純に思ったのでした。