統一協会から救われて 6

 ⑥脱会へ    

 

そして両親の考えに従ってそのまま次の日に山口県宇部市に行きました。そこは統一協会でも有名な反対牧師と名付けられている牧師の教会でした。かつて連れて 行かれた教会では教会の一室を借りて、軟禁状態にされて一歩も外に出られないように靴まで隠されていましたが、今回は全く自由に外に出かけたり、電話をか けたり出来ました。

 

両親と親戚の方が一緒について来ました。一週間過ごして両親と親戚の方は帰っていきました。私は夏派遣 で来ていた神学生と一緒に寝泊まりし、聖書の話やキリスト教の話など聞かされました。毎日、牧師から統一協会の間違いについて教えられました。しかし、全て私は聞き流し、この人達も統一協会に改宗させたいとまで思っていました。

 

数日後、統一協会に電話を入れ自分がまた両親によって反対牧師の教会に連れてこられていることを話しました。すると幹部の方は「すぐに逃げてきなさい」というのです。しかし、逃げてしまうとまた同じ事 の繰り返しが起こると思い、そのまま電話を切って、二度と統一協会には電話せず、自分で親を説得しようと思いました。

 

2週間が過ぎて私は家に帰って両親に統一協会の方が正しいと確信したと話しました。両親は驚いていましたが、統一協会員が外国に旅行ビザで渡航し、不法滞在し て問題を起こしているという国会議事録を私に渡して、こんなことをしている団体が本当に正しいのか、どうか統一協会の幹部に聞いてきなさいと言いました。

 

私は言われるままに統一協会に戻り、国会議事録の話は本当かと聞きました。すると幹部の方は、「そんなことはどうでもいい、目的のためには手段を選んでいら れない」というようなことを言われ、ショックを受けました。それだけでなく、親の強烈な反対も理解されず、あなたの家は業が深いから親が反対するのだ、と けなされました。

 

私は2週間、神学生や教会のクリスチャンに接してきて統一協会の人たちより本当に純粋な愛を感じてきていました。クリスチャンたちは私が統一協会員であるにも関わらず、ごく自然に異端視することなく関わって下さいました。神学生の方に至っては生活が四六時中一緒なので朝から晩まで統一協会の話に明け暮れていたのに、それにも嫌な顔を見せずしっかりと聞いて受け止めて下さいました。

 

ですから統一協会の幹部の方の言葉にはかなり衝撃を受けました。そして家に帰って正直に幹部の人が言ったことを話しました。すると両親は気が狂ったかのように怒り、平手で私の顔を叩きました。そしてこんな子供を生んだのは親の責任だ、この子がいるだけで社会に迷惑になるからお前を殺して、自分たちも死ぬと言 い出しました。それには姉や妹も焦って必死で両親を止めようとして大げんかになりました。

 

次の日に私は両親に再度山口県の 教会にまで連れて行かれました。神学生と聖書の勉強をし、キャンプにも参加しました。統一協会をやめてクリスチャンになった方にも出会いましたが、私は 「裏切り者」呼ばわりして反発していました。しかし、反発すればするほど、そんな自分が嫌になり、クリスチャンたちの自由な信仰に何となく自分は間違って いるのではないかと感じて、悶々としていました。

 

誰に聞いても統一協会が間違っていると言われるので、神がいるなら教えて欲しいと祈らざるをえませんでした。どれだけ学んでも聖書のことや統一協会の間違いについて全く理解できず、本物の信仰、本物の宗教というものがあれば教 えて欲しいと思って、自分なりに祈り始めました。

 

一週間ぐらいして、礼拝堂に一人で祈っている時に「ヨハネの福音書 13:16を読むように」という声ならぬ声が聞こえてきて、なんだろうと思いました。振り返っても誰もいません。部屋に帰って神学生に今聞いたことを話し ました。そしてヨハネの福音書13:16を開けてその意味も教えて頂きましたが、全く理解できませんでした。自分の思い込みか何かの間違いで変な声が聞こえたに違いないと思いました。

 

それから2~3日して、神学生が宿題をしている前で私は夢うつつに昼寝をしていました。その 夢の中でまた「ヨハネの福音書を読みなさい」という声がしました。それではっとして目が覚め、神学生に今声をかけたかと聞きました。しかし、神学生は宿題 に必死で声などかけていないといいました。それで声が聞こえてきた話をして、その聖書の箇所を教えてもらいましたが、それでも何のことかさっぱり分かりませんでした。

 

毎晩寝る前に、神学生とマタイの福音書1章ずつを勉強しました。予め昼間に聖書を読んでおいて、分からないことを夜に聞く事にしていましたが、毎回分からないことだらけでした。18章のところで、ゆるされた僕の例え話がありました。その意味する所が全く理解でき ないので聞いていると、私の頭の中で今まで自分が行ってきた統一協会でのアンケート活動や印鑑・壺・宝石などの展示会の奉仕、勝共連合での政治的な活動、 珍味売りなどの働きが走馬燈のように駆け巡りました。

 

神学生の説明は上の空できいていましたが、自分の心の中で今まで自分 が神様のため、人々のためと思って必死でやってきたことは、本当に神様が喜んでいることではなく、むしろ悲しまれていることではないかと思いました。統一 協会では、蕩減条件といって修行のように統一協会で働かないと救われないと教えていましたが、聖書では人間のどんな過ちも神様は無条件に赦して下さる、そ のままで救われることを聞きました。

 

ですから、自分が今まで必死に蕩減条件を行ってきたことが、とんでもない神様に対する 罪であった事が一気に自分の内に押し迫ってきて、統一協会が完全に間違っていることに気が付きました。そして神様に今までの自分の罪を赦して頂きたいと 願って、その場で神学生とお祈りしました。

 

長い間イエスキリストの十字架の意味がわからなかったのが、一瞬にして神様は私 の心に働いてその意味をはっきりと教えて下さいました。イエスキリストを信じた瞬間、重荷が下りて本当にすっきりした気分になりました。両親に統一協会の 過ちに気付いた事を電話すると、とても喜んでいました。

 

私が長い間悩んでいた人生の問題である「何のために生きているのか」ということが、ようやくわかりました。それは神様に創られた人間が神様の喜ばれるように生きていくことだと分かりました。しかし罪ある人間は神様も分からなければ、自分の罪にも気付かないのです。

 

だからイエスキリストがこの世に来て下さって、人間を罪から救い、人間の修行や努力によってではなく、ただ信じることで救って下さり、その上に聖書にある理想的な人間にさせて頂けると約束があります。

 

私は統一協会にいた時に一つの疑問がありました。それは人間が救われるために修行や努力が求められたのですが、色んな事情で修行の出来ない方や子どもやお年 寄りは救われないのではないかと思いました。共同生活をしていた時に、統一協会に入信したために精神的に異常を来した方が何人かいて、その方々と一緒に過 ごした事がありました。

 

統一協会にいても病気になり、何の修行も出来なくなったこれらの方々は救われるのかと幹部の方に聞いてみました。するとこの人達はここにいるだけで何にも役に立たないし、救いの完成である合同結婚式にも絶対に出席できないだろうから、救われないでしょう、と言われた。

 

それを聞いた時に私はこれが本当の宗教なのかと疑問に思いましたが、自分には関係ないと自分の中で打ち消していました。しかし、キリスト教の教えを聞き、た だ信じるということだけで救って頂ける事は、誰にでも出来ることで、これこそ本物の宗教の姿ではないかと実感しました。

 

私はあれほど信じるだけで救われるなんて虫のいい話はないと批判的でしたが、全く変わりました。信じるだけということがなかなか出来ない人間の傲慢さを嫌と いうほど見せつけられました。簡単な事のようで、なかなか信じられなかったのですが、一瞬のうちに信じられたのはまさに神様の一方的な恵みであったとしか 言いようがありません。