2月19日 エステル7章

こちらから説教を音声でお聞きになれます。

 

「勇気を得て」

 ほんのちょっとした勇気が必要なことが人生には必要です。エステルは言いそびれています。肝心の願いを王にいつ切り出そうか。迷っているとも言えますし、考えあぐねているとも言える。しかし、その間にモルデカイがあれよあれよという間にパレードの主役になり国の殊勲者として表彰台に上ることになるのです。このニュースにエステルもきっと励ましを与えられたのではないでしょうか。今だという手ごたえもつかんだに違いありません。

 

 わたしのほんの一言が重要なのです。ほんの小さい行動が決め手です。家族、我が子、大切な人。誰かのためにいのちをかけ、からだを張らないといけない時はある。もし一歩踏み出せないとするなら勇気がないからかもしれません。しかし神は人の意気地のなさを知り抜いておられる。その上で何度も励ましを与えて背中をそっと押して下さる。何も難しいことは求められていません。わずかの勇気。あなたの小さい一歩で動き出すことが必ずあります。

 

 エステルは意を決して秘めていた願いを打ち明けます。わたしはユダヤ人です。わが民族は滅ぼされようとしています。助けて下さいと。しかも彼女は慎ましく王と国の立場を気遣うことも忘れていません。王もハマンも驚いたことでしょう。誰がそのような悪を企んでいるのか。問いかける王に彼女ははっきりと告発するのです。それはここにいる大臣のハマンですと。この男こそが黒幕の悪人なのですと。この物語最大の見せ場と言ってもいいでしょう。

 

 王はショックのあまりか怒って部屋を出ます。不甲斐ない自分への怒りもあったのでしょう。頭の混乱もありましょう。今まで忠臣と思っていた大臣に裏の顔があった。自分は騙され利用されただけだった。滅ぼされようとしているユダヤ民族こそ、実際は真剣に王と国のことを考えてくれる存在でした。情報が多すぎますし頭の整理に時間がかかるのは無理もないことです。まるでフィルムのネガとポジのように何もかもがひっくり返っていきます。

 

 信仰者にも起こります。今まで信じていたことが一気に否定されていくショック。神はときに私たちの信仰生活をゆさぶり、考えを改めようとなさいます。私たちはどこかで割り切っていたほうがいいのです。自分の信仰理解は現時点でのかっこつきのものにすぎないのだと。この先、いくらでも変えられていく可能性はあるのだと。あまりにも頭が固すぎる私たち。しかし、主は何度でもわたしを取り扱い、右に左に揺らし、変えていって下さいます

 

 落ち着きを取り戻した王が部屋に帰って目撃したのは、ハマンが王妃に命乞いをする姿でした。しかし王妃の腕か衣装でも引っ張ったのでしょうか。それが王の目にはハマンが乱暴を働いているように映ります。ハマンは言い訳をしたでしょうが問答無用でその場で取り押さえられ、木にかけられて処刑されてしまいます。しかもあろうことか自分が用意した木に。権力者のなんともあっけない幕切れでした。一日前まで誰が一体想像できたでしょうか。

 

 全てが神の筋書きでした。神が指揮棒を振ってクライマックスを演出しました。私たちの世界は神が生きている世界です。神がいないのなら、悲しみも苦しみもすべて偶然の産物に過ぎない。意味を問うことすら無駄です。しかし神がおられるなら全ての営みには意味がある。涙にも、平凡な日々にさえも。隠されている計画も明らかにされ、張り巡らされた伏線も回収される。主がおられるからこそ、私たちは希望をもって生きていきますと告白するのです。