殉教カテリナ車輪

 

飛鳥部勝則

 

 

 

絵画に関する知識はさっぱりです。絵が描ける方、名画を論じられる方を尊敬します。それでも無教養なりにキリスト教芸術と聞くと、何か惹かれるものは感じます。そこで「殉教カテリナ車輪」。美術ミステリです。カテリナはプロテスタントではあまり触れられませんが、3世紀から4世紀にエジプトのアレクサンドリアに生きたとされるクリスチャン女性。殉教したことでカトリックや正教会では聖人とされています。

 

 

 

その殉教が凄まじくて、車輪にくくりつけられ回される拷問を受けています。厳しい弾圧の時代。このカテリナを描いたキリスト教絵画があるみたいですね。絵画には鑑賞の仕方があるようで、それぞれのシンボルには意味があるらしいですね。たとえば、百合は純潔を意味するなど。そうやって絵画の意味を解き明かしていく学問を図像学と言うとか。ほう。興味深いですね。

 

 

 

この小説のユニークさは図像学の知識を駆使して、殺人事件の謎を解いていこうとする試み。かなりマニアックですねw 確かに絵画に込められた意味を解き明かしていく手法はミステリに相通じるものでしょうか。考えてみると新約聖書の黙示文学もかなりビジュアル的ですし、そのイメージやメタファーを解き明かしていくには旧約や中間時代からの伝承の知識が必要になってきますよね。

 

 

 

これは新約時代のクリスチャンの識字率が低かったこととも関係があるのでは?教養のある字の読めるクリスチャンが届いた手紙を礼拝で代読したのでしょうね。音読された言葉は聞く者にイメージを焼き付ける面もあったことでしょう。

 

 

 

キリスト教会美術の役割も、きっと字の読めない方へのイメージによる信仰教育的な意味合いもあったのでしょうね。ならば、識字率が高いわが国でも読書ばなれが進む現代、礼拝でプロジェクターにビジュアルを映す手法も型破りとは言えません。教会伝統の面からも一定の説得力があると言えそう。言葉にこだわるプロテスタントですが、言葉と同じくらい絵には絵のコードでロジックはあるのだと図像学は気づかせてくれます。

 

 

 

とは言え、この作品はコアな美術ファンを喜ばせるだけではありません。とんでもない不可能犯罪です。ほぼ同時に二つの密室にふたつの死体です。しかも、凶器は同じものがひとつというとんでもないありえない状況。

 

 

 

実は僕は密室トリックが大好きで、犯人が絶対入れないはずの閉ざされた部屋で殺人事件が行われるという不可能性に惹かれてしまいます。欧米ではこの密室トリックとっくに廃れ、飽きられているのに、なぜかわが国では今だに人気があり、次々に意表をつく密室トリックが今だに生まれています。それだけミステリの伝統に忠実とも、日本人らしい職人技とも評価できますが、日本のミステリはレベルが高いのだと密かに思っています。

 

 

 

こういう物理トリックは立体感のある三次元的発想が必要なのでしょうね。だとすると、もしかして絵心のある方のほうがトリックのアイデアが思いつきやすいのかもしれないと思ったり。