7月26日 Ⅲヨハネ3~4節

こちらから説教を音声でお聞きになれます。

 

「証を聞く」

教会はいろいろな方が出入りするところです。ヨハネも兄弟たちがきて、と告げるのです。兄弟たちとは誰でしょう。当時、存在した巡回伝道者のことと思われます。当時は聖書がありません。だから口伝えに教えられます。彼らは教会から教会を回って聖書を教えたのでした。そういう彼らが、ガイオの教会に立ち寄り、ガイオの様子をヨハネに証しして下さったというのです。現代のようにネットやスマフォで気軽に連絡がとれる時代ではないのです。

 

私たちも思い当たる節がないでしょうか。意識したわけでもないのに、私たちの証がいつの間にか人から人へ伝わることがあるものです。また遠くの誰かの証しが私たちのところにまで届く場合もあるのです。そしてその証は時間や空間を超えて知らないところで、意外な形で誰かを喜ばせているということが起こるのです。福音とはこのようにして人から人へと伝播していくものなのでしょう。

 

では、ガイオのどういう証がヨハネに喜びを与えたのでしょう。それはガイオが真理に生きている点でした。真理に生きているとは福音の真理のうちに生きているということです。もっと言うとキリストとともに生きているということです。キリストとともに生きていることは、隠しようもないことなのです。第三者の目にもわかるくらいにはっきりと形になってあらわれてくるほど、リアリティのあることなのです。

 

私たちのうちにもキリストは宿って下さっているのです。聖霊なる神がごいっしょして下さっておられます。真理はあなた方を自由にすると聖書にはあります。御霊とともなる人生は何物にもとらわれず、何物にも縛られず、自由のうちに生きていくということです。なぜでしょう。私たちのいのちはキリストにとらわれているからです。わたしのうちにあるキリストを人は見ることになるでしょう。

 

ガイオは単に真理に生きているだけではありません。なぜなら、真理のうちに歩んでいるというのです。歩むとは生活するということです。毎日のことです。長期にかかわることです。毎日の生活がなにをするにしてもキリストが中心になっている。もっと言うと生活のすべてを主が用いて素晴らしいことをなさろうとして下さっている。そういう証を聞けば聞くほど、ヨハネの心は大きな喜びに満たされていくのです。

 

自分が関わった者の信仰が成長していくのを見ることほど、大きな喜びはありません。なぜなら、自分の労苦が無駄ではなかったと確かめることになります。また福音がどれほど力強いものであって、人を変えていくのかということを知ることになるからです。私たちも関わりの手を伸ばし続けましょうか。祈り続けましょうか。そこには必ず大きな喜びが待っているのですから。